横浜にボートショーを見に行ってきた。
でかいクルーザーは確かにいいなと思う。
お値段はまあ宝くじ当たれば買えるよな、都内に家買うよりは安いだろう、なんて考えるのは甘い。
実際には買ってからの方が遥かに金がかかるのだ。
燃費なんて車の比じゃないからね、だから宝くじ程度じゃ無理、金は一生かかっても使い切れないほどある、なんてくらいじゃなきゃだめなのだ。
で、そういう人はマリンスポーツの、石原裕次郎なんかがやってたようなかっこいい部分ばかり見て金にものをいわせて買ったはいいけど、厳しさを知らないからすぐめげてやめてしまうんだそうだ。
そういう高価なプレジャーボートよりも木造の小さなヨットの方が興味を引いた。
価格も手頃だし、楽しそう、でもそれにしたって維持するのは大変なんですよ。
お金よりも根気、それと情熱、ヨットをずいぶん長くやってるけど自信ない。
昭和30年代から40年前半くらいまでの間こう呼ばれるタクシーが多かったらしい。
交通法規などお構い無しのあまりに無謀な運転で交通事故が増加するという社会問題にまでなった。
その後罰則や取り締まりの強化で次第にその無法者たちは姿を消した。
これは白バイにホンダのCB750が採用された頃にとちょうど重なる気がする。
しかし、オレは今から10年くらい前にこの「カミカゼTAXI」に遭遇したことがある。
それはオレがバイクで都内の外苑西通りを新宿方面から白金方面に向かっている時だった。
外苑西通りが通称「青山キラー通」から「地中海通」に名前を変える西麻布の交差点(かつては霞町の交差点と呼ばれた)を通過し、もうすぐ広尾という時だった。
路上はクルマで渋滞していた。
夜のここはいつもこんなもん、渋滞するクルマの左脇を比較的ゆっくりとすり抜けていた。
突然片側3車線の道路の反対側に大きくはみ出して、つまりセンターラインのキャッツアイすら超えたところを堂々と、そして凄まじいスピードで逆早して行くタクシーがあった。
後ろには客が一人、正気とは思えないその走りに一瞬誰もが目を疑ったことだろう。
そのタクシーは結局広尾の明治屋前の交差点まで反対車線を逆走し、その交差点が赤信号であることを利用し手元の車線の先頭に入った。
信号はすぐ青に変わり、そのタクシーは再び加速を増していく、なんて面白いモノを見せてもらえたのだろう、オレは小躍りする気持ちでそのタクシーに振り切られないように、しかしある程度の距離を保ちながら後を追うことにした。
とにかくすごかった。
広尾を過ぎて明治通を横断した後も、そのタクシーは少しでも先がつまっていようものなら躊躇することなく反対車線に躍り出ては前車をかわしていく。
そういう無法運転についていくのはかなりしんどい、こちらは何しろ渋滞の中をすり抜けていかなければならないのだからそれはそれで危険が伴った。
クレイジーなドライバーはさらにお構い無しに、外苑西通りに別れを告げ、白金トンネルに向かっていく。
そのとき、オレは一気にバイクのアクセルを開け、そのタクシーに列び、一瞬早くトンネルに入った。
敵もオレの存在を認めたであろう、そのスピードはさらに増したようだった。
しかし、所詮タクシーの車両の性能なんてたかがしれている、さすがにリュック・ベッソンの映画のようなカスタムカーではなかったからね。
オレは本気モードで緩やかにカーブするトンネルを前回で走り抜けた。
いかに気合いを入れても750の敵ではなかった。
ミラーにもタクシーの姿は表れず、オレはそのクルマを待つことなく家路についた。
その後あいつはどこに行ったんだろう、客にそそのかされてやったのだろうか、それならオレに抜かれてさぞ客にののしられたに違いない、などと様々な想像が頭の中で表れては消えた。
いまだに忘れられない思い出だ。
横浜相鉄線構内の改札の奥にひっそりとうどん屋さんがある。
メニューもかなり豊富、はたしてそのその味は?
うまかった。
毎日気になっていたんだけど、もっと早くいけばよかったと後悔している。
その分これからは頻繁にいくことになるだろうな。
しかし、相鉄に乗らない人には入ることができないこの店、ちょっと気分が良かったりして。
秋になってようやく満員電車の中で楽になったことがある。
夏のクソ暑い頃、満員電車で体が触れると異常に熱く湿気を帯びたオヤジがいる。
見るとハフハフと長風呂でのぼせたように苦しそうに額からは汗が玉のように落ちている。
体格はほとんどの場合肥満、デブの汗かきというのは事実のようだ。
しかしこれはオヤジだけではない、女性でも赤い顔でひいひいいっているのも結構いるもんだ。
話の本題はここから始まる。
真夏のある日のこと、満員電車の中での光景、目の前に太めのお兄ちゃんがいた。
グレーのTシャツを着ているのだがそれが汗で真っ黒に、つまりびしょぬれになっている。
ぼさぼさの髪も洗いたてのように濡れて、いや、これも全て汗なのだ。
リュックサックを背負って何やら本を読んでいる、つり革につかまることもなく。
何の本を読んでいるのかとちょいと覗き込んだら、ロリコン系のコミックやった。
おお、こいつはロリコン系のオタクかあ、そういえばそんな感じだなあ。
すごかったのはその体臭、汗臭いなんてのはとうに通り越していて、もう酸っぱいにおいがしている。
Tシャツはもう何日連続で着ているんだろうか、そんなことは全くおかまい無しなんだろうな、まさしくオタクの鏡ではないか。
「電車男」?
バカいえ、本物のオタクがまともな恋ができるかってーの、オレが女だったら絶対その日であったにーちゃんは嫌だな、舌を噛み切る、いやぜったいに。
今年は花粉量が多い。
などと言われて町中にマスク姿があふれていた頃の話だ。
横浜駅の某私鉄の改札で、改札の向こう側にいる、これから電車に乗り込む人に白いハンカチを振る中年のオヤジの姿があった。
港や空港なら結構おなじみの風景かもしれないが、駅というのも珍しい、それも新幹線とかならまだ分かるが、ローカル線でこういうことをやる人もいるのか、少々微妙なシチュエーションとも言えなくもないが、でもまあけっこうこういうのも良いんじゃないか、なかなかいなせでお洒落なオヤジではないか。
しかし、だ。
最初白いハンカチだと思って振っていたのは、よく見るとティシュペーパーだった。
それがわかると少しばかりぷっとなって笑いそうになったが、まあそれでも良いか、白いハンカチがなかったんだから勘弁してやろうじゃないか、という寛容な気持ちでオレはさらにオヤジウォッチングを続けていた。
見送る相手が電車の中に消えて行くのを確認したのだろうか、そのオヤジはティシュを振っていた手を下げ、改札に背を向けて歩きはじめた。
と、同時にである。
オヤジは手に持っていたティシュでびいいん、と鼻をかんだのだ。
そしてティシュを丸めて上着のポケットに突っ込み、どこかに消えて行った。
オレはあっけにとられてその光景を見守った。
いやあ、こんなすごい光景はもう二度と見られないだろうな、と思えるくらいに傑作だった。
警察署での更新手続きは土日はできないらしい。
平日に時間が作れないので日曜に二俣川という、神奈川県の運転免許試験場に免許の更新に行ってきた。
前回の更新が3年前、その前はゴールド免許だったから5年前、そして今回またゴールドに復帰したから更新は5年後になった。
まあオレのような優秀なドライバーおよびライダーにとって免許更新の機会は非常になじみが薄い。免停で講習を受けることも全くないしね。
今回気がついたのは申請が非常に楽になったこと、以前は写真撮って申請書に記入して、印紙買ってはじめて申請、という感じで、めんどくさいから代書屋に作成してもらったものだが、最近はそういうのがないのね。
免許のコピーをそのまま申請書に貼り付ける、コピーも試験上でとってくれる、そうだよな、住所も顔写真も免許に出てるんだからそれを利用しない手はない、どうしてこんな簡単なことを今までしてこなかったんだろうという気さえしてくる。
これも一連の天下りとか行政の癒着体質とかがあったんだろうかと勘繰りたくもなるが、よくなったんだから良しとしよう。
でもって更新の際にくれる交通教則の冊子、これも改善されている。
この冊子、帰宅するとゴミ箱直行というのがこれまでのパターン、何しろオレはゴールド免許だからこんなの読む必要なんてないのだ、というより本当に内容がつまらなかった。
当たり前のことをかえって難しい言葉で書いて、代わり映えのしないイラストがこれまでの定石、今時ヘッドライトを前照灯とか、テールランプを尾灯だなんて言いますか?てな感じだった。
しかしだ、今回もらった教則本はなんと「ちびまるこちゃん」のキャラクターを採用して、とても雰囲気が明るくなった。
友蔵じーさんの「高齢者マークは70歳以上から付けるんじゃよ」という吹き出しが付いただけで和やかな気持ちにさせられるのはオレだけではないはずだ。
これまで試験場というとどこか陰気でカビ臭いような感じ、官の体質丸見え的印象が強かったが、この「ちびまるこちゃん」だけでこうも救われるとは思わなかったし、またこの決断も高く評価したい。
更新が終わり、朝から何も食べていなかったオレは相鉄線二俣川駅にあるおにぎり屋さんで食事をとったがこれもまたうまかった。
二俣川なんて来る機会はこの更新の時ぐらいしかないだろう、今回ゴールド免許を取ったオレがここにまた来るのは5年後?その時までこのおにぎり屋さんあってほしいなあ、と願うのであった。
このところ杉花粉が少なくなってきた、という話だったが今日はそれが全く信用できなかった。
天気は初夏の陽気、桜も一気に開きはじめた。
朝はそれほど感じなかったが、夕方になって外を歩くと目が痒くてしょうがない、くしゃみは出ないが鼻の中がむずむずむずむず、まるで鼻の中で毛ジラミが大暴れしているように痒い痒い。
しかし実際に毛ジラミの被害にあったことがないのにこういう比喩はいかがなものかと思われるが、これを読んでいる人だって毛ジラミの洗礼を受けている人はどれくらいいるのだろうか、と考えるとそうそうはいないであろうことは容易に想像がつく。
それではこういう表現が理解できないのかというと、そうでもないはず。
女性が何かに苦しんでいる際に、「出産の苦しみなどまるで比べ物にならないくらいの苦しさ」と表現したとする。
男には出産の苦しみなど一生経験できないにも関わらず、おお、それは相当に苦しいのに違いない、などと勝手に想像してしまうのと同じだろう。
しかし、表現する側ですら経験もしたことのないことを例えに使っていいものだろうか、なんてことをくどくどと考えてもやはり鼻の中のかゆみは消えない、そしてついにティシュも最後の一枚を使い切ってしまったのであった。
ボーナスが出たからお買い物、という人ばかりではないだろう。
どうして繁華街にこうも人が多くなるのだ。
もうそれを見るだけでオレは疲れ果てて家に帰りたくなってしまう。
それと、年末ギリギリになるとガソリンスタンドが大繁盛するのもさっぱりわけが分からない。
年末年始にクルマを使うといってもここまで混み合うとは考えにくい、どういうわけかこの時期は洗車の順番待ち、これも大掃除の一環らしい。
おまけにオイル交換をする人もかなりあるらしいが、ついでにフィルター交換も、いい機会だからきっとすることだろう、しかし、交換もしないで料金をとる悪徳業者もかなりいるらしい、いちいち交換の場に立ち会わないし、フィルターがどこにあるかもわからない人がほとんどじゃないのか。
まあとにかく12月は早め早めに手を打つことがオレの習慣だね。
東北自動車道で仙台まで行ってきた。
この季節の渋滞はエンジンの負担がかかって困りもの、エアコンが効かなくなるならいいが、完璧にオーバーヒートしてしまうことだってあるのだ。
幸いそういう難は逃れたが、高速道路を気持ちよく走らせてくれない要素ってけっこうあることに気がついた。
仙台までという長距離をいかに体力の消耗を押さえて走るか、それは常に一定のペースで走り続けることだ。
全くの単独走行ならそれは問題なくできる、距離と到着時刻を設定してそれに合わせて速度を維持するだけでよい。
しかし、道路には他のクルマがあふれているからそううまくは行かない。
自分よりもはるかに速い速度で追い越していくヤツだっているが、それはそいつのペース、速度違反で捕まるのもそいつのいわゆる自己責任だからかってにやってればいい。
しかし問題なのはほんの短い区間でだけ飛ばしてまた速度を下げる、という速度維持がきわめて不規則なヤツ、これが最悪だ。
遅いので抜くと、しばらくしてからまた抜き返してくる、またしばらくすると追いついて今度はこちらが抜き返す、早く先に行きたいのかゆっくり行きたいのかはっきりしろ、と叫びたくなる。
そういう運転をするヤツに限ってパトカーに捕まるんだよ、これが。
逆にオレと同じように一定の速度を常に保って走るヤツ、これは後ろについていくとペースカーに使えて非常にありがたい、でもペースカーに使われていることに気づかれると急に速度落としやがるんだ、だから気づかれないように、つかず離れず‥、なかなか奥が深いのだよ。
まあ自分と同じペースで走ってくれるペースカーはなかなか現れないんだけどね。
電車の中でであった話題を2件。
その1。
車内の座席に空きはなく、立っている乗客もちらほら。
始発から乗っていたオレはまあ普通に座っていたわけですな。
ある駅で隣に座っていたねーちゃんが降り、隣が空席となった。
やってきたのが関取クラスの巨漢のにーちゃんだった。
ねーちゃんが座っていたその席のスペースに無理矢理でかいケツを押し当ててグリグリと両隣を力ずくで圧迫して自分のスペースを作り上げた。
隣でうとうとしていたオレは何事が起きたのかと目をまんまるにしてしまった。
体は斜めになり、何とも惨めだった。
そのにーちゃんは悪びれることもなく、堂々と座り、今度はあっという間に睡眠に落ち、いびきまでかき出す始末。
あきれるというより感心してしまった。
幸いにも比較的早くそのにーちゃんは別の駅で降りてくれた。
その2。
また例のように座っていたら目の前にねーちゃんが立った。
服装はジーンズにブラウス、20代半ばくらいだろうか、普通のOLって感じだった。
問題はそのねーちゃんのジーンズのファスナーが全開だったことだ。
困った。
教えてあげた方がいいとは思うけど、逆にそれが仇になってまるで痴漢扱いされるのも困る、おまけにヘッドホンで何かを聴いていて小声で話しかけることもできない。
メモでも書いて知らせてあげようか、などと悩んでいるうちにオレの隣が空き、そのねーちゃんが座った。
そのねーちゃんはすぐに目を閉じて眠りについたようだ。
耳はヘッドホンで閉じられているし、目も閉じられていてはメモ書きを見せることもかなわない。
幸いにも膝の上に荷物を置いているので他の乗客に気づかれる心配もなかったので、まあいいか、とオレが行動に出ることもなく、そのねーちゃんは終点の駅で何事もなかったようにそそくさと降りていった。
その後どこで気がついたのかが気になる。
思わぬところで醜態をさらしていないことを祈るばかりだ。
浜を散歩していると紋甲烏賊が打ち上げられていた。
これは潮溜まりに入れて撮影したいわゆるヤラセである。
紋甲烏賊は英語でcuttlefishといい、一般に知られるいわゆるイカはsquidと区別される。
結構こういうのも東京湾にはいるんですね。
まあ昨年はウミガメの死骸も打ち上げられたくらいですからね、そりゃいろいろあるもんですよ。

無事産まれましたね。
小さなお家の中で押し合いながらお母さんの帰ってくるのを首を長くして待っています。
みんな元気に大きくなって一緒に飛べるようになるといいね。
つばめが電線にとまっているのを発見、何やら井戸端会議のご様子。
「おい、おまえんとこ産まれたか?」
「いや、まだ、けどぼちぼちとちゃいまっか?」
つばめの巣を見ると母つばめが卵を温めている様子、誕生が待ち遠しい。
![]() |
今年もあちこちでツバメが見られるようになった。 今はパートナーを求め、子供を育てる巣を探す。 それにしても日本人はどうしてツバメが好き、というか大切にするんだろう。 蠅や蚊などの虫をとってくれる益鳥とはいうものの、その効果なんて現代においてはたかが知れている。 むしろ民家の軒下に巣を作り、その下に糞が落ちてくることの方があとの掃除が大変なはずなのに、そういうことに文句を言う人に会ったことがない。 野生の渡り鳥ながら人間の住まいに巣を作り、子育てをしてまた旅立っていく中に人生の縮図を見るのだろうか。 日本人もまだまだこういう優しい面を持っているのに、カネが絡むとどうしてこうもみにくくなってしまうのか、嘆かわしい。 |
チューリップが咲きました。
海をバックになかなかいい感じですね。
春というより初夏の陽気だけどね。
一時は沈静化した土曜深夜の第三京浜のPAの二輪車大集合がいつの間にか復活していた。
久しぶりに神奈川から東京都内まで深夜のドライブをした。
やっぱり永年住み慣れた東京の雰囲気はいい、多摩川を渡るとなんかほっとする、具体的にどこがどうなのかはうまく表現できないけれども、体全体がそう感じるのだ。
車の運転もどこかきびきびしていて小気味いいし、何よりヤンキーが少ない、でもタクシーの柄は最悪、すべてが挑戦的でわくわくする。
で、帰りに第三のPAに立ち寄ったらなんとバイクの大集合、これってもうなくなったはずなのに・・・また復活?今日は日中暖かだったしねえ。
でも以前に比べるとおとなしくて物足りない、世代も交代しているようで、要するにかつてのあの大混乱に憧れた世代が今復活させようとしているように見えた。
今、バイク持ってないんだよね、ちょっと悔しい。
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